8月26日から8月29日で槍ヶ岳・北鎌尾根に行ってきました。
メンバーは、お菓子王子と保さん。
天気予報がよくなくて、ギリギリまで迷ったんですが、無理だったら、北鎌沢でテント泊して、水俣乗越まで登り返すことも想定して出発。結果、北鎌から槍ヶ岳の登頂日は、朝方降られたものの、槍ヶ岳の頂上でのんびりまったり1時間以上ひなたぼっこできるぐらいに天気に恵まれました!
北鎌尾根とは
北鎌尾根とは、槍ヶ岳の北に伸びる長大な尾根の名前です。
槍ヶ岳は、穂先を中心に、東西南北に1本づつ尾根が伸びています。
西側、双六方面に西鎌尾根、東側、西岳・大天井方面に東鎌尾根(通称、表銀座)、南側、南岳・大キレット方面に向かう尾根、そして、北側、湯俣方面に伸びるのが北鎌尾根です。
加藤文太郎さんや松濤明さんが遭難した場所として有名ですが、彼らの遭難したのは冬。今回は夏なので、別物です。
私も2001年年末、エベレスト前に故・新井裕己さんと2人で北鎌に行っていて、思い入れのあるルートです。新井さんから、「まぁ、エベレストがこれより難しいことはないだろうから、頑張ってきてね」って送り出してもらった山行でした。
厳冬期の北鎌となると情報が必要な人がいるのかわかりませんが、新井さんの投稿がネットに残っているので、リンク貼っておきます。
北鎌は憧れを持っている人も多いルートだと思います。一方で、ルートファインディングと体力が圧倒的に必要なルートで、そうそう簡単に取り付く場所ではないとも思います。
ジャンダルムや大キレットの数レベル上、といったところです。
徳沢から北鎌沢出合へ
徳沢5時発。
天気予報的には午前は持つけど昼から怪しい感じ。なんとか本格的に降り出す前にテント張るところまで済ませたい。
槍沢ロッジ7時着。この時点で2人ともちょっと遅れ気味に。コースタイムよりもかなり早く歩いているのは百も承知だけれど、一般登山道をコースタイムでしか歩けないようでは北鎌尾根を歩き切るのは難しい。ババ平で早めに手を打った方がいいだろう、と思い、保さんから寝袋、マットその他行動中に必要ない荷物を受け取り、大曲へ。
大曲から水俣乗越までは急登。1時間強で水俣乗越まで。水俣乗越着が9時過ぎ。一般登山道はここでおしまい。到着時間的には、ハナマル合格点ではないけれど、及第点ではある、ぐらい。2人とも、よく頑張っているのはわかっているのだけれど。
今回、ちょっと天気予報が怪しくても打席に立つことに決めたのは、保さんの年齢のこともある。あと数年で四捨五入で80になる年齢を考えると、来年に連れてきてあげられるかどうかわからない。チャンスがゼロじゃない限り、なんとかしてあげたい。
水俣乗越から北鎌沢出合までは、誰も整備していない、いわゆるバリエーションルート。ただ、入る人も多いためか、沢の右岸にはトレースもある程度ついているし、ロープ出して懸垂下降するほどではない。水俣乗越から200mほど標高を落とすと、一気に緩斜面の河原、涸れ沢になり、比較的歩きやすくなる。それでも、大岩が浮いていたり動いたりするので、一般登山道のようにはいかない。3時間弱、12時前には北鎌沢の出合に到着。なんとかレイン着用なしでテントを張ることができた。
北鎌沢の出合の手前20分ぐらいは水が豊富だったのだけれど、北鎌沢の出合では完全に伏流していて、水が出ていなかった。水場は10分ほど北鎌沢を上がるか、湯俣側に10分ほど下るか。
翌日は3時起き4時発と決め、とにかくテントの中で横になって体を休める。午後雨が降る天気でなければ北鎌沢のコルまで上がりたいところだけれど、この後降るであろう予報だ。濡れた体でテント内で、一晩かけてボディブローのように体力を奪われるリスクを取ることはできない。ここはじっと待ちを決め込み、テント内でとにかく回復にいそしむ。
我々以外にマンツーマンガイドパーティーが1組、夕方に来た2人組パーティーが1組。
ガイドパーティーは、北鎌の中でもう1泊することに決め、雨がしっかり上がってから出発の予定だそう。
うちは、3時時点での天気によって戻ることもあり得るが、登り返すのも楽じゃない。できれば今日と同じ、午前中だけでも天気が良くなることを祈るのみ。
北鎌沢出合から北鎌沢のコル
夜半には雨が上がることを期待していたが、完全に裏目。夜中から1時間おきに結構強めの雨音で目が覚める。それでも、3時に起きた時点では雨はほぼあがっていて、北鎌に向かうことを決める。沢は増水しているかもしれないが、鉄砲水でどうこう、というほどの量ではないだろう。朝ごはんを流し込み、4時過ぎにテント撤収。
向かいにテントを張っていた、夕方に北鎌沢出合に到着したパーティーが我々の20分ほど前に出発。続き、我々も出発。
北鎌沢出合から北鎌沢のコルまでは3時間程度の急登。標高差600mほど。
出発直後から降り出した雨は止まず、北鎌沢の登りは、雨に降られに降られた。それでも、沢はそれほど増水しておらず、2時間半ほどで、先行パーティーに追いつくような形で北鎌沢のコルに到着。ここまででもかなり疲労しているが、これが北鎌尾根のスタートだ。
北鎌沢の登りは、ほぼ沢登り。クライミング技術が必要ない、と言われる北鎌尾根だけれど、必要ない、は言い過ぎで、なくてもなんとかなるがある方が望ましい、という言い方が正確だと思う。クライミング技術があればはるかに安全、安心。そして、早い。
北鎌沢のコルから独標、P13へ
幸い、北鎌沢のコルからに着く頃には雨も上がり、このまま天候も安定しそうな状態。とにかく右へ左へ尾根をかわしたり登ったりしながら、槍へと駒を進めていく。
北鎌の核心はルートファインディング、と言われるが、一般登山道を歩いてきた登山者の「ルートファインディング」とはちょっと異なる。
一般登山道でいうルートファインディング、とは、正しい道を見つける力、もしくはルートから外れた時に正しいルートに戻れる力、だ。整備された道から外れた時に踏む感触が違っていたり、テープやサインが出てこなかった時に正しく戻れる力。
ただし、ここはいわゆる誰も整備していない「バリエーションルート」。正しい道があるわけではない。尾根を巻くのも正解、乗っ越すのも正解。そうすると、正しさというのは自分の中にあって、「自分達のスキルで登れるルート」と「自分達のスキルで登れないルート」があることになる。
踏み跡にしたって、巻く道、尾根上、多くのピークで両方についている。クライミング技術があったらほぼ全てのピークを越えていけるだろう。しかし、それは同時にかなりの体力を奪われることになる。この長大な尾根をそうやって越えていけるだけの体力があるか、それを常に見極めなければいけない。
一方、巻けば楽かというとそうではない。一旦尾根から外れる巻き道は、尾根に戻るのにいいトレースが常についているとは限らない。巻き続ければ自分達が越えられないトラバースが出てくることも十分にあり得る。
ガイドとしては、2人の体力とスキルを十分に把握しているからこそできる、そんな山行だ。2人も絶対的に信頼してくれている。そんな関係でできる山行の幸せを感じながら、独標を巻き、尾根に戻りP13を越えた頃には槍ヶ岳が見えてきた。まだ近くはないが。
北鎌平で槍ドン
P13から北鎌平までは尾根筋で比較的順調に駒を進めた。
そして、北鎌平についた瞬間、晴れ間が広がり、目の前に聳え立つ槍の姿に圧倒された。
ここまでくれば大丈夫。あと1時間もあれば槍ヶ岳山頂に立てる。長めの休憩を入れて、写真を撮り、ここまでの健闘を称え合う。
北鎌を下る人はほとんどいない。槍ヶ岳はこれだけ有名で、あちこちから写真を撮られている山だが、この北鎌側からの槍は特別だ。北鎌を越えてきた人だけが見られる槍の姿なのだ。ここから見た雪の槍も忘れられない光景だったが、今回もなかなか記憶に強く刻まれる槍の姿になった。
北鎌平から槍ヶ岳山頂まではクライミング要素の強いところ。垂壁に近い壁を最後の力を振り絞って攀じる。ただし、もうゴールは見えているので、気持ちが全然違う。
槍ヶ岳山頂へ
ルートとしての北鎌の素晴らしいところは、この長大なルートで尾根歩き、バリエーションルートを楽しめること、岩稜歩きを楽しめること、たくさんあるが、このゴール地点も大いにあると思う。
クライミングのバリエーションルートも含めて、最後に頂上に出るルートは、実はなかなかない。北岳バットレスも終了点から40分ほどかけて一般登山道に出てそこから10分で頂上、錫杖は頂上まで行かなかったりする。谷川岳衝立岩も谷川の頂上とは関係ないし、チンネを登り切っても剱岳の頂上には辿り着かない。
それが、だ。この北鎌尾根は、最後、槍の頂上の祠の裏に出るのだ。なんとドラマティックな最後。頂上の記念撮影をしている真裏から、「すいませーん」と満面の笑みで人が現れたらそれが北鎌尾根を越えてきた人たち。疲れ果て、達成感でいっぱいになっているはずだから、快く迎えてあげてほしい。
我々が頂上に着く頃には、360度の快晴の天気に変わっていた。
そして、穂先で1時間ほど、幸せを噛み締める時間を過ごした。本当に、幸せな時間を。
天候の読みから、スピード、ルート、全てにおいて、ガイドとして、パーティーのリーダーとして、充実の山行となりました。
太田さん、保さん、お疲れ様でした!ありがとうございました!